拾イモノ。2

鏡音リンの独白




 わたしたちは、とても綺麗な秘密を持っている。


 彼はよく眠っている。節電モードのことだ。あまり動き回ってエネルギー消費をするわけにはいかないからだ。実質、彼が稼動しているのは一日のうちで5時間にも満たないのではないだろうか。まるで本物のねこのように、彼は押入れの隅に隠れて眠っている。

「KAITOさーん…お邪魔しますねぇ?」

 わたしの最近のお気に入りは、そんな彼の腕の中でくるまってじっとしていることだ。いそいそと彼の腕を持ち上げ、足の間に座り込み、腕をわたしの胸の前で交差させる。力が入っていなくても、ぎゅうと抱き込まれている感覚はとても心地よい。そしてそんな時、KAITOさんが異変に気づいて節電モードを解除することはない。彼はレンは元より、わたしに対しても一切警戒心やそれに似た態度を持ち合わせていないようだった。

「えへへへ…」

 そして大抵、わたしの至福の時間はそう長く続かない。邪魔、と言ってはなんだが、割り込んでくる輩がいるのだ。なんと無粋なのだろう。ほら、今日もやっぱりやって来た。全くもって、空気の読めない金髪め。

「お前なぁ! …ちょっと、そこ詰めろ」
「なぁによ。後から来て」
「退けって言わないだけ良心的だろ!」

 はいはいはいはい、とあからさまに面倒くさそうな返事をしつつ、わたしは少しだけずれてやる。少しだ。隙間にさっとわたしの片割れが入り込み、満足そうに彼の胸に頭を預けた。いつからそんなキャラになったのか。
 2人協力して、彼の両腕を2人の前で交差させた。すらりとした、大人の男性の身体つきだ。わたしたちのマスターと同じであるはずなのに、わたしが当然抱くはずの警戒も、恐怖も、畏怖も、何も感じさせない彼。KAITOさんがわたしたちと同じVOCALOIDだからだろうか。人間では駄目だった。
 そんなに昔ではなかったはずだ。思い出す。ほんの僅かな時間、外出をした時のこと。見知らぬ男性が人の良い笑顔で(今から思えば、あれは何か商売をしている人だった。単なる売り込みだ)話しかけてきた時にこみ上げてきた、どうしようもない恐怖。今すぐに喚きだし逃げ出したくなるあの思いは、だがいつものように一瞬で消えてはくれなかった。そのままわたしは、同じようにものすごい表情で硬直していたレンの手を引き、やっとの思いで走り出したのだった。もしかしたら恐ろしさのあまり、何か叫んだかもしれない。その記憶すら定かではない。その時にわたしはようやく、マスターが【マスター】である理由を知った。思い、知った。

「……ねぇ、レン」
「…何だよ」
「ねこ、どうしてこうなったの?」

 ねこに全てを預けながら、わたしは前からの疑問を口にした。VOCALOIDは何分高い。旧型といえど、いや旧型だからこそ、更に値が張っていたことだろう。何であろうと、流通に完全に乗る前の商品は馬鹿高いのが普通だ。例え廃棄するとしたって、中古に流したり正規の処理手順を踏むこととなる。
 レンは彼のことについて色々話してくれたが、そうなった経緯については聞いていなかった。その代わり、彼とレンの出会いについてはやたらと脚色付きで聞かされ既に食傷気味だったりする。

「…だから」
「うん」
「ふらっと出歩いてたらさ、ほらあそこの川の角っこの小屋あるじゃんか。あの崩れかけてるトコでさ、急に雨降ってきたからどうしようかなって」
「思って飛び込んだら先客がいて、その先客があんまりにもあんた好みの美人だったもんだからめろめろになっちゃって食べもの貢ぎに貢いでとうとう拉致してきちゃったってところまでは何度も聞いてるわ」
「何だそれ!!」

 どうやら自覚はしていなかったらしい。なんて馬鹿な片割れ。

「そうじゃなくて、何でそこにKAITOさんがいたの、って話なんだけど」
「……知らねぇよ。そもそもKAITOってば何も話してくれないし。笑ってはくれるけど」
「……だよね」

 そうなのだ。わたしは彼の声を、まだ一度も聞いていない。最初は緊張しているのか警戒しているのかと思ったが、レンも彼の声を聞いたことがないのだという。見た目から想像される彼の声はとても柔らかく温かいものなのに、しゃべれないの?と聞いても彼はただ困ったように薄く笑うだけだ。
 声を出せないVOCALOID。だからなのだろうか、彼がそんな場所に、ぽつねんといたのは。

「…別に、それでもいいのに」

 彼は捨てられたのだろうか。役に立たないものとして、不法投棄されたのだろうか。わたしはぎゅうと彼の左腕を抱え込んだ。右腕は片割れがしがみついている。

「それでもいいのに」

 彼がちゃんと起動している時間はわずかで、そして会話というコミュニケーションは取れない。けれどすでに、わたしにとってとても安らぐ場所は彼の腕の中で、大好きなのはこうやって、彼と片割れとくっつき合っていることだ。擬似体温でもここまで温かい。本当はこのまま、3人で何か歌えたら最高なのだろうけれども、残念ながらそれは望めない。わたしにもレンにも、歌のデータはまともに入ってはいないからだ。

 起きて欲しいな、と思った。
 わたしたちの大切な秘密。その青い瞳を見れば、とても晴れやかな気持ちになれそうだった。

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