拾イモノ。1

鏡音リンの独白




 わたしたちはそれまで2人でひとつだったけれど、その日。
 レンはわたしに秘密をひとつ、作っていたことを、知った。


 わたしはボーカロイド―――個体名称【02-α 鏡音リン】。【02-β 鏡音レン】と共に、マスターのもとへと送られた、歌うことを目的としたアンドロイドだ。そう、わたしたちの存在意義は歌うこと。マスターの作り出す音に声を乗せて、それを人に聞いてもらうことを至上とする。そのために創り出されたボーカロイドではあるが、はっきりと云おう。「使用目的」が「使用方法」となるとは、限らない。またそう拘束される理由など、使い手にはないのだ、と。


 …小さなエラー処理を終え、わたしは再起動した。少しばかりふらつく足元も、しばらくすれば自己修復が働いて元通りになるだろう。マスターはその辺りの匙加減を心得ていて、修復不可能なまでに痛めつけることはない。通りすがった際、窓にうっすらわたしの姿が映っていたが、少しばかりリボンと服とが乱れているようにしか見えない。何処にでもいる14歳の女の子、の外見を模して創られたシリーズ02-α型。
 マスターから宛がわれた部屋は2人共用で、特にそれに異論はない。それまで物置だったのだろう、無秩序なモノで埋め尽くされたその部屋は窓もほとんど積み上げられたダンボールやら何やらで隠れていて、日の差し込みも極端に少ない。薄暗い部屋には片割れであるレンがぽつねんと待っているかと思ったが、その予想は外れた。いや、正確には外れたのではない。レンはいた。ただ―――そこには、レンだけではない、誰かの姿もあった。

「…レン?」
「っ、リ、ン?」

 扉を開ける音に気づかなかったのか。音を友とするボーカロイドらしくなく、レンはわたしの姿を認めるなりたじろいだ。何にそんなに集中していたのか。警戒している様を隠さなかったレンだが、少し落ち着いたらしく、小さな声で口を開いた。

「……なぁ、リン」
「なに?」
「…拾ったんだ」
「何を?」
「ねこ」
「……ねこ?」

 うん、とレンは頷いた。青いねこなんだ、とぼそぼそと言い訳をする子どものように呟く。青いねこ? ねこの色は白、黒、茶、灰辺りがポピュラーなものだと思っていたが、新種でもいたのだろうか。…まさか。
「…レン。ちょっとどいて?」
「……」

 レンは押入れの前に陣取っていて、わたしから誰かの姿を隠している。ただ小さなレンの身体では隠しきれるものではなく、押入れに押し込められている、とした方が正しいか。レンは躊躇いながらも、その【ねこ】をわたしに見えるよう、少しばかり身体をずらした。それでもまだ扉の方を気にしているのは、こちらよりもマスターを警戒すべきだと、彼も考えているからだろう。

「…うわ」

 思わず、声が洩れた。急に声をかけられて慌てて押し込まれたせいか、少しばかり歪んだ姿勢で押入れに入っていたのは、大人の男性だった。薄汚れた、元は白かっただろう上下に、青のマフラー。そしてその青よりもより青い、髪。目は閉じられていて、端整な顔立ちだとは判るがその相貌もまた、埃やら何やらで汚れていた。洩れた声に反応はない。眠っているのか、気絶しているのか、もしくは。

「待って、レン……この人…じゃ、なくて…これって、もしかして」

 あまりにもその姿かたちに覚えがあり、わたしはレンの方へ振り向いた。彼もわたしの云いたい事が判っていたのだろう。うん、と頷く。やはりか。この人は。…いや、正確には【人】ではない。

「なんで……あんた、ボーカロイドを……」

 【VOCALOID 01-β KAITO】。わたしたちの前身にあたるボーカロイドだ。今主力商品として売り出されているのはわたしたちやそのひとつ前のモデルだが、旧式エンジンを搭載された彼らも、それなりに愛され需要はあると聞く。データとしてインプットされているのはその程度の基礎知識に過ぎないが、それでも明らかに、この状況はおかしい。どうして、そのボーカロイドを、レンがこの部屋に連れ込んでいるのか。

「……残量が」
「え?」
「エネルギー残量が、もう、危なくてさ……オレが持ってった分じゃ、まだちょっと足りなくて、だから、ここからなら、直接コード繋げるから…」
「レン」
「…何だよ」
「あんた、前から食事、ちゃんとしてなかったよね。それはこの人のため?」

 断定口調で聞けば、あっさりとレンは頷いた。ボーカロイドは主に、人間と同じ食事もしくは電気を動力として稼動する。どちらでも、それはマスターの判断次第ということになる。そしてわたしの思いだせる限り、レンが食事の際、少し不審な行動を取り始めた時期があった。ほんの少し、彼は自分の割り当てをその場で食べていなかったのだ。こっそりと持ち出して、後で食べる気なのかそれとも近所の野良猫にでもやっているのか。まるで本当に年頃の子どもとしての行動のようだと、片割れのことながらわたしは少し感心していた。ツクリモノに芽生える行動プログラムとしては、かなり上等ではないか、と。
 それが確か1、2週間ほど前の話だ。結論を云えば、食事の残り物の行く先はねこではあった。当人がねこと主張する、彼よりも大きな、青いねこだ。
 なるほど。1、2週間、レンの持っていった僅かな食料のみで動いていたとしたら、それまでのチャージが幾らあったとしても、そろそろ限界が近くなってくるかもしれない。わたしたちに出される食事は元々がほんの慰め程度で、更にそれよりも差っ引かれている。ねこもそうだが、レンの方も限界を考えるようになったから、ようやく彼はねこをこの部屋にまで連れてきたのだろうか。

「…よくまぁ、連れて来れたわね…あんた、マスターに」
「絶対、見つからないようにする。こことかに隠れててもらうし。リン、だからさ」
「……っ、」
「っ、!」

 今まで、充電中だったのだろう。充電完了の僅かな機械音がレンの動きを止めた。何とか説得しようとこちらに前のめりになっていた身体を跳ね起こし、ぐるりと今まで微動だにしなかった【ねこ】へと向き直った。

「……」
「―――KAITO。起きて」

 わたしも聞いたことのない、本当に飼い猫を甘やかしているかのような、レンの声。

「……」
「……ぅ、ゎ」

 次にわたしの口から洩れたのは驚きからではなく、感嘆から来るそれだった。

 ―――彼は、口をかすかに動かしたが音としては何も発せられなかった。見た目通りの柔らかな声を想像していたわたしは少しだけ落胆したが、ゆっくりと現れた、髪の青よりも更に遠く美しい青の瞳に、魅入られたように動けなくなる。なんて、綺麗ないろ。青い、青い、青い。メモリーに保存されている彼のカタログ用の立ち姿とは、比べ物にならない。

「…?」
「リンって云うんだ。オレの、片割れ。だから気にしなくていいよ」
「……」
「ぇ、と……はじめまして、KAITO、さん。リンです」

 わたしを見て訝しげな表情を作ったKAITOさんは、しばらく事態を把握するのに努めていたようだったが、事の次第を飲み込んだようだ。困ったようにレンを仰ぎ見て、なんでこんな所に、と言いたげな顔をしたらしい。らしい、というのは後からレンから聞いたことだからだ。

「だって、あんた、もうふらふらしてたし…っ、見てらんなくて!」
「………、」
「駄目」

 見たところ、片方が無言のままではあったが2人の間でコミュニケーションは成立しているらしい。かすかな彼の身振り手振り、表情でレンは読み取っているらしく、それと反比例するかのように、レンの感情の発露はとても判りやすくなっている。普段、クールを気取っているくせに、今は普通に人間の14歳に見える。

「駄目だからね。ねぇ、あんた、此処にいてよ…マスターはこっち、滅多に入って来ないし、見つからないようにするし、電気だって、バレない量に調整するし、ねぇ、お願いだから」
「………」

 レンの懇願にも、あっさり首を横に振ろうとした彼を見て、わたしも行動を起こした。
 縋るように掴まれている右腕とは逆の、彼の左腕に身体全体を使って懐いてやったのだ。危うくバランスを崩しかけた彼に、にっと笑ってやる。

「ついさっき会ったばっかりですけど。わたしももう少し、此処にいて欲しいなって思ったんでレンの味方です。ね、そうしましょ。そうしますよね、KAITOさん」

 唖然としていたのは彼ばかりではなく、片割れも同様で。
 わたしは、わたしに秘密を作っていたレンに舌を出しながら、それでもこの青い彼の腕を放すまいとしがみついていた。彼が、困った顔をしながらも、諦めて微笑んでくれるまで。

 わたしたちはそれまで2人でひとつだったけれど、その日。
 レンはわたしに秘密をひとつ、作っていたことを、知った。

 そしてその日から、レンの秘密はやっぱり2人の秘密になった。


-Powered by HTML DWARF-