悪趣味だとは思うんです。2

甘くなんてなりやしない



 おれの好きなひとはとんでもなく性格が悪い。
 
「うわー、レンってほんと趣味悪いよねぇ」
「あ、うん。すんごく自覚してるから言わないで」
「ごっめーん。追い討ちかけちゃったー?」

 あははははは、と声だけはやたらと爽やかに、カイトさんは笑う。状況にそぐわないにも程がある。彼のお気に入りのごろ寝スポットである大きめの布張りソファ。明るい水色のそれは彼のイメージカラーでもあるらしいが、オレに言わせればそんな可愛らしい色なんてありえない。無理やり探すならいいとこ藍鼠とか、煤竹色とかじゃないか。なんかこう、油断したら中から何か出てきて引きずり込まれそうなカンジの。

「あれー? どうしたのぉレンくんってば、ちょっと黄昏ちゃって」
「……うん、ちょっと自分が判らなくなってきただけ」
「あぁ、お前もお年頃だかんねぇ。かーわいー」

 けらけら笑っている彼は、現在の体勢が判っているのだろうか。判ってはいるのだろう。ソファに寝そべっていたところに、いきなりオレに覆い被さられている、ということくらいは判っていて欲しい。

「あんたさぁ、少しくらいは危機感とかないの。一応オレ、あんたより力あるけど?」

 今の体勢もオレに有利だ。できるだけ体重をかけないようずらしてはいるが、急所を一撃することなど容易い。彼はどちらかと云うと手よりは足が出るタイプなので、手はもちろんのこと、足だってちゃんと固めてある。わずかにカイトさんが身じろぎしたが、拘束する手に力を入れると彼は大人しくなった。オレ自身の影で彼が覆われてしまっているくらいには、今2人の距離は近い。残念ながら明確な体格差ゆえ、すっぽり覆うところまでは来ていないが。

「んー…」

 ちらりと視線を走らせる彼は逃げ道でも探しているのだろうか。残念ながら、リンもミクさんもメイコさんも不在だ。マスターが春物の服を見に行くというので、女性陣だけでのショッピングディだ。一度、荷物持ち要員として駆り出されたオレは、以降何があろうと彼女た ちの買物には同行しないことを誓った。何も言わずににこにこと送り出したカイトさんも、多分似たり寄ったりな目に遭ったことがあったのだろう。あのひたむきなまでの情熱を、男性型として造られたオレたちに理解できる日は永遠に来ないと思う。

「お前、ほんとに俺のこと好きだなぁ」
「……あんた今更そゆこと言う?」
「―――レン?」

 にぃ、と薄く笑ったその表情があまりに美人すぎて、不覚ながら一瞬動きが止まった。やばい何この最終兵器。いつも姉妹に見せている人畜無害なお兄さん笑顔じゃない。明らかに何か含むもののありそうな笑顔を向けられる時は、いつもならろくでもない命令やらお願いや らをされるのだが、こういう状況で遭遇すると否が応にも緊張してしまう。
 小さくおいで、と囁かれると何とも素直な身体はあっさりと、彼の吐息のかかりそうな距離まで詰めた。どうしよう。緊張が高まりすぎてさっきから排熱処理が上手くいっていない気がする。どこかで演算エラーのひとつふたつ起きているかもしれない。他者のいない家で、オレを見上げてくる彼の表情が、何処となく甘えを含んでいるように見えるのは錯覚なのか芝居なのか期待なのかそれとも。

「…ねぇ、レン……そんなに、すき?」
「……っ、」

 掠れた声は反則だ。
 あまりのインパクトにぼうっとしていたら、小さく苦笑したカイトさんの両手が優しく、オレの頭を包み込んだ。さらさらと髪を梳く指先の感触が心地よい。オレの名前を呼ぶ声音までが、何だか甘ったるく聞こえる。

「レン…?」
「か、いとさ…」
 
 そこで気づいた。
 ―――あれ?
 オレ、確かさっきまで、この人の手首掴んでなかったっけ?

「カイトさ………、っだああぁぁあぁぁあ痛ってぇぇええぇぇえっっ!!」
「さー、お仕置きの時間だなーレンくーん?」

 いだだだだだだだ、ちょ、マジで痛い!!
 優しくオレの頭を撫でていた手は一転して、両握りこぶしでこめかみを挟み、ぐりぐりと圧迫してきた。いわゆる梅干しだ。容赦ない力を加えてきている為、本気で痛い。のたうってもその手は外れない。あんたなんでこんな時は本気なんだ。

「はーい、レンくーん、おにーさんに何か言うことはないかなー?」
「だだだだだだだ…っ、ご、ごめ、なさっ!」
「んー? きーこーえーなーいー」
「〜〜〜っ!!」

 ようやく解放してくれた時には、オレは涙目だった。

「…っ、カイトさん! あんたねぇ!!」
「え、なに、そんなに痛かったか?」

 確かにかなり痛かったけれども、オレの怒っているポイントはそこではない。ほらほら怒るな怒るな、とあからさまにご機嫌取りにオレの頭を撫で撫でしながら、自分の膝の上に座らせる。当然、怒りはいや増した。ちょっとばかり、膝の感触とか、腕に包み込まれたぬくぬくとか、共用のシャンプーの匂いとかにうっとりはしたが、いやだからしっかり自分を持てオレ。流されるな。ぬいぐるみ扱いに安住するなオレ。オレがいつだって彼に甘いと思われているのも良くない。

「…カイトさん。ちょっとオレの話を聞きなさい」
「え、長くなるんだったらヤだ。あ、それと重いからどいて」

 台詞の前に小さくついた溜息が良くなかったのか。それをどうやら許しの合図だと取ったらしい彼はあっさりとオレをソファの空いたスペースに転がすと、さっさとテーブル上に置いてあったノートパソコンを引き寄せた。小さく起動音が響く。転がしたオレの方など、どうでもいいと言いたげだ。

「…あんたね、そーやって笑ってたら、いつかしっぺ返し喰らうんだから」
「何言ってる。こんな素敵なお兄さまつかまえて」
「もう少し猫被る相手選べって言ってんの! 見た目それなんだから、も少し自覚しろ! 警戒心を持て!」

 そう、人目ホイホイは、ストーカーホイホイにレベルアップしていた。
 確かに造りは中性的で細身かもしれないが、上背はあるしトータルで見たらどう見ても男だ。だと言うのに妙なフェロモンでも出しているのか、単に変態に好かれやすいのか、彼が歩けば男女お構いなしに視線を集める。一昨日はとうとう見も知らぬ男にいきなり花束を贈られた。しかもものすごいボリュームの赤い薔薇だった。そのひと月前には真性のストーカーもどきが現れた。覗き盗撮尾行のお約束三点セットだ。こちらのストーカーは女性だったが、非常に思い込みの激しいタイプでいらっしゃった。危うく警察沙汰になりそうだった状況に、さすがにこれはまずいと思ったのだ。
 せめて無意味にへにゃへにゃ微笑を振りまくことを自重すれば、少しは改善するのではないだろうか。

「いいじゃん別に。これだと野菜とか肉とかおばちゃん、おまけしてくれるしさぁ」
 家計も助かるし。
「所帯じみた話にスライドしないでよ! あんたがへらへら愛想振りまいてるの見てると、色んな意味で神経磨り減るっつの!」
「へぇ……んじゃ、レン君的にウェイトの多い意味を聞こうかな? ん?」
「オレが面白くない。以上」

 へろんへろんと受け流すにしろ、にやにやとからかい倒すにしろ、あちらがどう出ようがこちらの出方はもう決まっている。ストレート一本勝負。いちいちカイトさんの言動を細かく気にしていたら、それこそそんな相手になんて恋してられない。一瞬、彼の動きが止まる。

「………へ〜ぇ。うっわぁ〜、俺ってば愛されてるなぁ〜おにーさんうれしー」
「知ってるだろうけど付け加えとくと、恋愛に置ける意味合いです」
「わぁお。年下の男の子まで夢中にさせちゃう俺ってば罪な男ー」
「更に言うなら本気です」
「……レン、」

 直球を少しは喰らってくれたのか、カイトさんの目がゆっくりと伏せられる。濃い睫毛が影を落としている様を、オレは綺麗だなと眺めた。

「嬉しいよ。お前が、そう言ってくれるのは……」
「うん、とりあえずゲームせずになおかつ、こっち向いて真面目に言って欲しいかな」
「……今いいトコなのに」

 って、あんた何やってるのかと思ったらマインスイーパですか。本当にやる気ないチョイスですね。
 ぽちぽちとマウスをクリックする手を止めて、カイトさんがようやくオレの方を向いた。ちらっと見た画面では上級モードがクリアされている。あんた、相当ヒマだな。
 オレの座るソファに片腕を乗せ、彼はオレを仰ぎ見るように身体を捻った。それでぇ?、と囁く程の音量で彼は言う。それで、って。
 オイ。

「〜〜っ、あんたねぇ!? オレの本気台詞思いっきりスルー? スルーなのか!?」
「俺、ひとつに集中してると雑音聞こえないんだよ」
「マインスイーパ!? オレ付属ゲーム以下なの!? 生返事にも程ってモンが!!……ああもう、いいです。まともな反応は元から期待してないし。とりあえず人の話を聞け! そんで、キスくらいさせろ!!」
「ん」
「へぁっ?」

 実に間の抜けた反応だ。我ながら。
 ソファに座ったオレからは、珍しく見下ろせる位置にいる彼の顔。一体何を考えているのか、カイトさんは大人しく目を閉じて、あろうことか心なしか唇を突き出しているような気がする。え。何これ。俗に言う【キス待ち状態】の姿勢じゃないですかこれ。

「……まだ?」
「この…ッ!」

 ちら、と薄目を開けつつニヤついているその余裕に本気でむかついて、硬直から解けたオレは思いきって彼の唇に自分のそれを寄せた。
何やらちゅ、と何処か間の抜けた音がやけに静かな部屋に響く。

 …うぁ、やらかい…。

 反射的に身を起こした。ああ今絶対内部エラー起きてる。心臓があったら破裂していてもおかしくない。一瞬だけ触れた彼の唇は、不思議な感触で、どうしようオレ今この人にキスしたんだ、とじわじわ感動に包まれんとしていたら。

「……へたれ」
「! っ…ん!?」

 呟かれた内容を咀嚼するより先に、後頭部を押さえつけられ力任せに俯かされた。もう一度キスしている、と認識するまでは一瞬で、だがするりとオレの口内に入り込んできたのが彼の舌だと理解するまでには10秒くらいかかった。

「ん!? ん、んーっ!」

 上顎の裏やら舌先やら散々に舐め回され、ようやく解放された時には全身の力が抜けていた。な、何だ今の…。
 呆然としながらカイトさんを見やると、彼はチェシャ猫のようににやんと笑い、

「ゴチソーサマでした」
「………」

 ―――これがセカンドキスだったオレは、やっぱり泣いてきていいですか。
 ……ファーストキス? あの…これもちょっと語るには気力要るんで、できれば次の機会にお願いします……。 


 

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