悪趣味だとは思うんです。1
おれの好きなひとは
ぱたぱたぱた、と足音まで可愛らしく、ミクさんはこちらへと駆け寄ってきた。そのまま、目的地へと一直線ダイビング。…なんか痛そうな音がした。
「おっにいちゃーんっ!」
「…っ、けふっ、…ミク…っ!?」
「ねーっ、ねーっ、お願いお兄ちゃん! 今度の曲ねー、お兄ちゃんコーラスして!!」
ソファに寝転んでうたた寝していたカイトさんの真上から降ってきたミクさんは、そのまま覆い被さるようにべったりと彼にくっついた。嬉しげに振り回しているのは、新しくマスターの作った楽曲だろうか。そういえば今度はミクさんメインで作る、と言っていた気がする。
「…俺? 俺がコーラス?」
「うん! どーしてもお兄ちゃんがいいの! いいよね! ね?」
「うん、いいよ。一緒に歌おうか」
「やったー!」
「ミク、それ見せて」
妹を引き剥がそうとするといつものごとく彼女は頬を膨らませたので、カイトさんは上体だけを起こすと肘置きをクッション代わりに、腹の上にミクさんを乗せたまま楽曲を眺め始めた。ときおりミクさんは小さく何事かを兄へと囁き、カイトさんはそんな妹に柔らかな笑顔を向けながら優しく指で髪を梳いてやっている。見目麗しい2人が仲良くしているのは傍目には眼福だとは思う。
「あ、ねぇレンくん。今度ねぇ、リンちゃんとレンくんのにしようかなーってさっきマスター言ってたよー」
「…あ、そうなんだ」
「そーだよー。あ、ここねお兄ちゃん、わたしが…」
―――ラブラブ兄妹タイム、再び。
相変わらず兄にべったりなミクさんの様子に、小さく溜息を洩らしてしまうオレ。あのノリでいける性格と外見は正直、羨ましい。2人の座るソファを背もたれ代わりに、彼らの足元に座り込んでいる形なオレは見咎められぬ程度に彼を眺めやった。
(……絶対、気づいてる)
ああそうだろうよ。幾ら何でもない振りで見ようと見まいとしても、彼はなぜか、オレの視線に気づくのだ。
(で、絶対…あとで、遊ばれる)
これも判りきっている。大体、起動してまだ間もないオレが、すでに2年以上稼動している彼に経験値で勝てる訳がない。あと、彼の性格ゆえ。
散々愛しの兄にひっつき倒して構ってもらえて満足したのか、ミクさんは満面の笑顔で「ちょっとまたマスターの処行ってくるね!」と駆け出して行った。何処に行くにも走っている人な気がする。そして5回に2回はこける。いや可愛いんだけど。
「…はー…腰いたー…」
「……途中でどいてもらったらよかったのに」
「いやいや。可愛い妹にそんなこと言えません」
結構無理な体勢で長時間固定。きつかろうに、カイトさんはあはははと軽く笑って済ませてしまう。
「んじゃ、オレ乗ってもい」
「え。重いし男なんて乗せてもつまんないしヤ」
一刀両断。何この人。オレが男としての矜持その他色々無視しての頼みを一蹴したよ。ていうか、可愛い妹とか言っておいて、楽しかったのか。楽しかったのかその台詞から判断すると!
「…妹に猫被りするの止めたら?」
「それもヤ。甘えてもらえなくなったらショックでお兄ちゃん泣いちゃうっ!」
「泣き真似禁止! あんたそれイヤに上手いんだから禁止! オレが殺されるだろっ!」
「そしたらちゃんと泣いてあげるって。真似かもしんないけど」
さらっと言い放つ。誰だよ世間的に【優しい天然系お兄ちゃん】キャラ定着させたの!何処がだよ!例の動画投稿サイト見る度に、あれおかしいな、オレの前にいるのってKAITOだよな?と確認する癖ついただろ!
オレとリンのマスターの元には、既に日本語ボーカロイドが勢ぞろいしていた。豪快で気風のいい江戸っ子風なメイコさんに、おっとりのんびりしたカイトさん、それと同じく天然系甘えっ子なミクさん。盛大に歓迎され、あっさりとオレたちは馴染むことができた。
できた、んだが……
あれはいつだったろう。
ぽろっと口にしたのだ。いつだってにこにこと、ふわふわとしている彼のことが気になって。
だってあの人美人なんだよ!見た目だけなら十二分に!それがのほほんほにゃんとそこら歩きながら薄桃色のオーラ撒き放ってみろ、アイス1本で攫われるわ!!
……と、その時は真剣に心配になったので、言ったのだ。
「…カイトさん…あんた、そのほわんほわんは場を弁えといた方がさ…」
ちなみにオレはその時、【せめて外に出歩いた時とか他の人間の目がある時には警戒心を持って行動した方がいいよ】という意味合いで言った。実際、彼が外を歩くと人目ホイホイだ。以前変なのにスカウトされそうになった時でもカイトさんはのんびり受け答えしていたので、隣にいたオレが相手を睨みつけ腕を引っ掴んで逃走をかましたくらいだ。その時すでにちょっとばかりカイトさんにこう、何て言うんですか、心のトキメキなるものを抱いていたオトコとしても、あとなぜか保護者的な心情としても、オレは忠言することにしたのだ。
それを果たして彼はどのように解釈したものやら。
「あ。じゃあそうするかなぁ。いやぁ、俺もさすがに男相手に愛想ふりまくのは面倒だったしさぁ」
あれオレと会話のキャッチボールできてねえ。
って、さっきまで飛び交ってたふわふわはどうした!一気に表情なくなったなおい!なんか口調まで違う気するんですが!
気づいた時にはもう遅い。
……結論。
彼は、どうしようもないくらいの猫被りでした。
「そぉいえばさぁ、レンー」
「うぁ」
のし、と肩に突如かかった負荷。さらりと青い髪がオレの耳元を掠めた。
「さっき何か言いたいことあったぁ?」
「は? さっき?」
「いやぁ、レン君からのぉ、情熱的な視線浴びちゃってぇ、もう恥ずかしくってぇ」
嘘つけナイロンザイルより太い神経してからに―――!
首に絡みつく両腕。耳元で囁かれる甘いテノール。成長途上として造られたオレとはまた違う意味で、性別をあまり感じさせない造り。これに最後まで抗える奴がいたら是非そのコツをご教授願いたい。
そしてオレはあっさりと幼い嫉妬心を白状させられ、カイトさんにひとしきり笑われた。指まで差された。なんて人だ(人じゃないけど)。あまりにもな対応に、以前の彼のことを思い返す。いつだって春の陽だまりのように、ふんわり笑って受け入れてくれていたカイトさん。全て過去形なのが物悲しい。オレのトキメキを返せ。
(うん、誰だよあの時余計なこと言ったのは…!!)
オレです。
あれ以降、カイトさんはオレしかいない場所ではそりゃあもう、傍若無人に振舞うようになった。人をパシリにするのは基本として、八つ当たりは平気でするわしかも口だけじゃなく手も足も出るわ、気まぐれ我がまま大雑把。あんた一体何なんだ、と堪りかねて叫ぶと、彼の返事はあっさりしたものだった。つまりは、こっちのが素であるらしい。
「……だって、レンが言ったんじゃん」
そして出てくる必殺技。必殺技ってのは、必ず仕留めると書いて必殺なのだ。オレの忍耐力がぎりぎりになったなーと思ったら、彼はちょっと殊勝げな顔をして、へにゃんと眉尻など下げてみせながら、オレを懐柔しにかかる。でもってオレは毎回それに仕留められる。
あれは反則だ。そしてそう思っていながらぐらぐらしてしまうオレはもう末期だ。なんで年上設定なのに上目遣いが似合うんだ、という突っ込みを入れた時期など、遥か昔のことのようだ。奴は計算づくだ。自分の容姿がどう見えているか、知っているのだ。
「レンが、無理するなって、言うからさぁ」
「…あ、うん、もう判ったんで、お願いだから小首傾げてこっち見ないで」
だからどうしてそういう仕草が以下略。
そんな訳で、オレは今日も突然カイトさんが食べたくなったらしきオムライスを作りにキッチンに立っている。うちのカイトさんはよそ様とは違うのか、そこまで冷菓好きではない。食べはするが、「キャラ付けって大事なんだよねぇ」と妹たちやマスターの前で口にしているくらいだ。メイコさんとは一緒になって晩酌などやっている。裂きイカを齧りながら缶ビールを次々空けていく姿は、確かにちょっと、ミクさんやリンには見せられない。夢を守るのは大事だ。ちなみにメイコさんの前では、猫の数が半分くらいにはなるらしい。
そんなことを考えながらも、手は器用に卵を溶いていく。彼の我がままに毎回きっちりお応えしているため、歌の次に料理のスキルが飛躍的にあがった自分がちょっと悲しい。大体、ボーカロイドのくせに味覚にもうるさいってどういう造りなのか。コード繋いで充電しとけばいいじゃんか。残念ながら本人に面と向かって言える勇気はない。
「レーンー。お腹空いたんだけどー!」
「はいはいはいはい、だったらテーブルの用意くらいしてくれない!?」
「お腹空きすぎて動けませーん」
「だーっ! あと少しでできるからちょっと黙っててくれない!?」
じゅ、といい音を立ててフライパンに広がる黄色。彼のリクエストはオムライスとかハンバーグとか海老ピラフとか、お子様メニューが多い。手のかかるものも多い気がする。自分で作るのは面倒だけど何となく食べたいもの、をオレに重点的に作らせているのではなかろうか。
「おーなーかーすーいーたー」
「判ってるからちょっとそこでごろっとしてて!」
言われなくても、どうせ手伝う気などないんだろう。お皿を並べて2人分、オムライスと水を用意する。何だかんだで味覚がお子様なところは可愛いよなぁ、と思う。恐ろしいことに、昔の彼を懐かしく思う以上に、今の彼を可愛いと思う回数の方が上回ってきているのだ。これは由々しき事態である。どう考えてもお先真っ暗だ。
冷静な理性はそう叫び立てているのだが、やはりこれまた気づいた時には遅かったらしい。遅いだの飢え死にさせる気かだの散々文句を言い放っていたカイトさんは、テーブルに皿を置いた音であっさりと身を起こした。ああちくしょうめ。何だってそんなに可愛いんだあんたは。
「…もう駄目だ…」
「は? もしかして失敗作食わせる気?」
「な訳ないでしょ。はいはい、ほらちゃんと起きて食べる」
落ち込みながらも、彼にケチャップを手渡してやる。たぶん、アリ地獄に落ちたアリってのはこんな気持ちなんだ。さっさと死んだ振りをしたら助かる可能性もあっただろうに、足掻いてしまったからもう仕留められるしかないんだ。
鬱々とした気持ちで乱暴にスプーンを突き入れてオムライスを崩していたら、カイトさんがにっこりと笑って自分のスプーンをこちらへと差し出してきていた。
「はーい。レン君、あーん」
……このやろう。
しかも気づけばオレの皿には勝手にでかでかと描かれた、情熱の赤なハートマーク。一体いつ書いたんだ。
あれか。どうぞ召し上がっていいのか。美味しく頂いちゃっていいのか。言っとくけど腕力ならこっちのが分があんだからな。
オレはわざとらしく盛大に溜息をつくと、やけくそで差し出されたスプーンへと齧りついた。さすがオレ。涙が出るほど美味いぜほんとに泣いてもいいデスカ。向いに座るカイトさんは、ものすごく目をきらきらさせてこちらを見ている。オレをからかいたくてからかいたくて堪らない時の顔だ。ああもう好きにしてくれ。どうにでもしろ。でもって、
―――いつか目に物見せてくれる。既に負け犬の遠吠えっぽいよな、と思いながらも、オレはそう誓わずにはいられないのだ。