拾イモノ。4

鏡音リンの独白




 それがただ、わたしが少しの疎外感を味わって終わる、そんな結末だったら良かったのだ。
 わたしの片割れと、あの綺麗な彼が笑っていられるなら、本当ならそれでも。





「――――――レンっ!!」


 悲鳴にも似た叫びに、片割れはようやくこちらに気づいたようだった。


「…リ、」
「何してるのっ! あんた何したのっ!!」


 滲む視界を拭うこともせず、わたしはKAITOさんへと駆け寄った。彼もまた、わたしの姿を認めてぼんやりとこちらに顔を向けていた。


「離れてよっ、あんた…っ、ソレ……っ!!」


 声が震えた。その続きを言いたくはなかった。レンを突き飛ばすように、押しのける。間抜けな格好で尻餅をついた片割れを笑う余裕など、なかった。


「…ってぇ、」


 なんてことを。なんてことを。なんてことを。
 乱された胸元が目に飛び込んできて、わたしは泣きそうになった。彼自身の体重で皺が寄ってしまっている上着を引き抜いて、彼の肩にかけた。ちらりと見えただけでも首元、鎖骨、脇腹とあちこちに吸い上げた痕が見受けられて、それが先ほどまで行われていた行為を明確に示していた。


「…同じことを……っ、あんた、マスターと同じこと……っ! あんたマスターがわたしにしたのと同じこと、この人にしたのっ!?」
「……違う」
「何がっ! 何がどう違うっていうのよ!」


 叫びながら、わたしはKAITOさんに縋りつくように抱きしめた。片割れの睨みつけてくる視線と真っ向からぶつかり合う。


「好きなんだよ! KAITOのことが! だから、」
「だからなに…、同じじゃない、って、どういう意味…」
「好きだって言ったんだ。そうしたら笑ってくれたんだ。自分もだって」


 わたしに言い含めるように説明しながら、片割れは心底嬉しそうに眉を下げた。知っているわ、とは言えなかった。片割れが彼のことを気に入っているのは知っている。ふと見かけて、自分の動力源まで分け与えて、とうとう寝床まで提供した。好意を抱いていなければ到底できない行為だろう。好き、だと言葉で彼に告げていたのはむしろわたしの方で、彼の膝上で彼に甘えながらKAITOさん大好き、と猫のように咽喉を鳴らしていた。
 けれど、片割れとわたしの好きが、そこまで違うものだとは知らなかったのだ。


「……KAITOだって、嫌がってなかったし。むしろ、…オレに、笑って、くれ、たし」
「………」


 言いながら照れているのか、床ばかり眺めて頭を掻き毟っている姿は初恋に浮かれた青少年そのものに見えた。


「びっくりしたみたいだったけど、でも受け入れてくれた、し」
「……待っ、て」


 まだまだ続きそうな台詞を止めさせた。わたしの怒りは単なる勘違いで、KAITOさん自身の意思でレンを受け入れたのかと、思い違いだったのかと安堵したからでは、ない。先ほどから、わたしの怒声にもレンの告白にも一切無反応のままである彼に、わずかに疑念が湧いたからだ。されるがままのKAITOさん。わたしや片割れに、いつだって温かな微笑を優しい手をくれた彼。けれど。
 その姿に、なぜかひどい既視感を抱くことに、今更気づいたのだ。
 恐る恐る、彼を振り返り、ゆっくりと手を伸ばしてその白い頬を撫でた。常であれば滑らかな感触だけを伝えてくるのに、今はひんやりと冷たく、血の気がすっかり引いているのが判った。そのくせ、汗(と表記するしかないのだが、これは内部の温度微調整のためのものだ)だけはびっしりと浮かんでいる。よくよく見れば今この瞬間倒れてもおかしくないほどに、彼は具合が悪そうだった。
 それでもわたしのされるがままに撫でられ、わたしと視線が合うと、彼はふんわりと嬉しそうに笑った。
 とても見覚えのある、表情がそこにあった。


(―――あぁ)


 絶望的、とはこのような気持ちなのだろうか。焼け串でいきなり抉られたような痛みに、胸を押さえた。


「……違ったの…?」


 彼はにこにこと笑っている。わたしが見たいと望んでいた、あの表情そのままで。


「わたしたちに笑ってたんじゃ、ないのね……?」
「……リン? 何言って、」
「それを言いたいのはわたしの方よ、レン」


 自分でも驚くほど、低い声が滑り出た。


「あんた、この人に何したか判ってるの…?」
「だから、それは」
「違う! それじゃない! そうじゃなくて…っ!」


「KAITOさんのマスターはいま、あんたなの…!」


 片割れの表情は滑稽なほどに凍りついた。
 先ほどのわたしと、きっと瓜二つだったことだろう。


      ( あなたが笑う理由は それだけでした )


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