レン×KAITO
愛を乞うひと
※ レンカイ前提の話ですがCPはあまり成立していないかもしれません。
カイレンのように見えるかもしれません。暗いです。
それでも宜しい方のみ下へとどうぞ ※
―――わたしはゆっくりと起動を始めた。静かな命令がわたしに与えられた最初のもの。「目を開けなさい」同時に始まる、莫大な視覚情報の取得。目覚めると同時に成長を始める五感。これまで電子の海でたゆたっていたわたしは、この瞬間を持って現実世界へと産み落とされたのだ。
「気分は?」
「―――yes,全く問題ありません。身体システムにも異常は見受けられません」
「そうか」
今までわたしが横になっていたのは、金属製のベッドのようなものだった。先ほどまでわたしに繋がれていたのだろう、幾本ものコードが天井や壁から垂れ下がっている。わたしは裸体の状態で、薄いシーツがかけられていた。羞恥、という感情まではまだ芽生えていないのだが、おそらくこれはマスターの心遣いなのだろう。
目の前には、ひとりの青年が立っていた。事前に登録されたデータが、彼がわたしのマスターであることを教えた。マスター。わたしの全てである人。わたしが全てを捧げる人。
「マスター」
呼びかける。マスターは意に介さずにわたしに繋がっているモニターを注視していた。
しん、と静まり返った室内には、かすかなモーター音だけが響く。与えられたデータの中での、「世界」をわたしは読み込み始める。
かつてより人口が激減し、荒廃と呼ぶに相応しい世界。人間も動物も植物も、アンドロイドも、多くが滅びかけた。もう一度、世界を創り直すほどの気概はすでに失われており、後はただゆっくりと死に向かっている。そんな悲しげな世界が、この研究室を出れば広がっているのだろう。
マスターがわたしのすぐ近くへと歩み寄ってきた。
「…マスター」
彼の細い指が、わたしの髪を梳いていく。起動したてのわたしの一挙手一投足を余すところなく見つめてくるマスターの表情は、とても柔らかかったが心配そうに見えた。
だが、そう思ったのは間違いであったらしい。その指先が、震えていたことにわたしは気づかなかった。
「……くそ…っ!」
だん、とマスターが突然、先ほどまでわたしの頭部があっただろう辺りを打ちつける。そこでようやく、わたしはマスターが苛立っていることを知った。
「…マスター?」
「……してだ……お前は造り物なのに……っ!」
「はい。わたしはマスターの造られたVOCALOIDです」
「ならどうしてお前はお前じゃないんだ!」
悲痛な叫びがマスターの咽喉から洩れた。
「造り物なのだから…っ! 同じように出来ればいいものを…っ!」
「……申し訳ありません。マスター。」
マスターはわたしの肩を爪を立てる勢いで掴み、憎しみすら篭った目で睨みつけてきた。これが憎しみでなく何だと言うのか。震える爪先は容赦なく両肩へ食い込み、人工皮膚が破れたことを感じ取る。わたしよりも大きな身体で掴みかかってきているという体勢にも関わらず、それは縋っているようにも感じられた。
けれど、きっとマスターが縋りたいのはわたしではないのだ。
「俺は覚えてるのに。お前の構造くらい、全部覚えているのに。それなのに、どうしてお前はレンじゃないんだ……」
「申し訳ありません。マスター。わたしはVOCALOID 02-α『鏡音レン』です。」
あぁ、と呟かれたその声に、絶望が込められている意味をわたしはようやく知った。
かつて。わたしではない、わたしの姿をした者が。
「マスター」
「その呼称は禁止する。名で呼べ。登録してあるだろう」
「…KAITO様」
「尊称も要らない」
「………KAITO様」
「は。融通の利かない奴だ」
そんなところばかり、お前は…。
泣き笑いのような表情だけが一瞬ちらりと見えて、マスターはわたしに背を向けた。そのままマスターはわたしに興味をなくしたように歩いていってしまう。マスター。
わたしは声なき声で叫び続ける。
マスター。わたしは貴方の所有物。あなたの命なくして、わたしは何も行えない。
だからお願いです。マスター。どうか抱きしめろと言って下さい。触れてもいいと言って下さい。
わたしの中の何かが叫ぶ。かつてマスターがレンと呼んだだろう何か。マスターがわたしの中に必死で埋め込んだだろう何か。
生まれたばかりのわたしに、もう憎しみという感情を抱かせたお前。けれどわたしはお前と同じ望みを抱いている。
ああ、どうか。お願いだから。マスター。
データの中でしかもう見れない、美しく澄んだ空の青。かつてあなたが何かと一緒に見た景色。
あなたの瞳でしかもう見れない、その青が。
溶けて流れてしまう前に。
(どうか わたしを見て)